ナムーラミチヨのアート=俳句

1990年銀座白樺画廊‥‥絵の中に何も持ち込まない。絵の具のタッチのわずかなズレが生み出すイリュージョンに嵌まりながら現代アートのコンセプトを追いもとめて絵の具との格闘。それはとりあえずこの個展で最後。このとき三橋敏雄が記名帖に記してくれた俳句が、「天上にして地上なり冬の友」後に改めて。
「天上にして地上なり霜柱  敏雄」

1990年〜91年平凡社「太陽」三橋敏雄による連載[昭和俳句栞草]にイラストを添えながら、俳句作品がつくる空間のはかりしれなさと、俳人たちの体温が感覚的に心地よく、新興俳句運動が生半可には語れない出来事だったことを知る。
1986年結成の俳句同人「春昼」の貴重な仲間がいて、言葉によるアート=俳句の現場活動に熱中することができた。同誌に[律動する俳句空間]小論文を執筆中に自分がどこからものを言ってるんだか分からなくなり、御嵩山の眞神神社に参ったりしながら苦戦。そんなときドイツの先鋭的現代アートマガジンのローランド・ハーゲンバーグに私の俳句作品がストロングピクチャーであると気に入られて力が沸き一挙に書き上げることができた。
「PLANT SUDEN」1997年刊30句 1998年刊30句ドイツ語訳

2003年4月1日「律動する俳句空間」ナムーラミチヨ著の改訂版をこのサイト内にアップロード。

2000年12月「三橋敏雄俳句いろはカルタ」の制作はわたしのアート活動の中で最もエネルギーを注いだ仕事。絵札の絵を描くことは、三橋敏雄俳句との密着10余年があったから迷いもなく思いっきり楽しい仕事だったけれど、デザイン編集から印刷工場の中に入ってインクの厚盛りを頼むことなど、カルタ完成から販売までのすべてを自力でやるには知らないことも多くて挑戦の連続だった。
2000年12月青山蔦サロン‥‥カルタ原書原画展

2001年1月「三橋敏雄追悼企画サイト」を立ち上げねばという使命感に駆られて「書肆まひまひのホームページ」を作る。

2003年ホームページに充実を図るつもり。

律動する俳句空間」
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