はじめに...........

 このサイトでご紹介する俳句とアートの合体『三橋敏雄俳句いろはカルタ』を企画したのが1999年末。もちろんこれは自主出版活動。われわれが発行所となる名前をつけるのも楽しみのひとつでした。そこでカルタの俳句の中から探して、(に)「濁り田の隅にまひまひ熱中す」の「まひまひ」が面白いということで、それなら頭に書肆とつけるのがいいネ。‥‥とこれは三橋敏雄のアイデア。
 これが「書肆まひまひ」(しょしまいまい)という名前の由来です。2000年はこのカルタ制作に日夜集中する一年でした。たくさんの方たちからご協力いただき2000年12月カルタ完成。青山蔦サロンでの展示会もひらきました。
 そして‥‥‥そのちょうど1年後の2001年12月1日。もっともっと長生きしてほしかったのに、敏雄は「‥‥港を出でて歸りたし」と「此の世」を離れました。葬儀に参列した者たちのひとりが「あの世の句会はさぞかし豪華だろう‥‥」と言って皆で天を仰ぎました。
 あまりにも深く大きな存在を見送ってしまって、その感慨は皆それぞれですが、このようなホームページで、ひとりでも多くの方たちとともに三橋敏雄の俳句と人柄の素晴らしさを分かち合えたらと願ってやみません。
 「三橋敏雄追悼企画サイト・かもめ来よ!」にぜひ書き込みにいらしてください。

 このウェブサイト立ち上げの際、斉木英人さん、中村眞一さんには大変お世話になりました。
 まだまだ不備なところばかりですが、皆さまから情報を寄せていただきながら充実させてゆきたいと思います。どうぞよろしくお願いします。
 「三橋敏雄資料館」の中の「maimai friendship」は、三橋敏雄にまつわるエッセイ、写真、詩、評論など‥‥、ジャンルを超えた発表の場です。どうぞこちらもご参加ください。


...........それから

 街を歩いていて‥‥、三橋敏雄に似た背格好の人を見かけると、はっとして確かめてしまいます。三橋敏雄は街が似合う俳人でした。街のスケッチという意味ではありません。街は人々が作りあげてきた空間。クリエイティブに厳しい敏雄俳句の理論が、そのロジックが、街という区画と、混沌と、光と、影と、時と出会いをたぐり寄せるのです。
 インターネット空間は世界を駆け巡る都市空間をイメージさせます。このサイトを作り始めたころは、何もかもにおっかなびっくりでしたが、ようやく面白くなってきました。これからはもっと積極的にいろいろな方たちの情報が集まるようにしたいと思います。 /
ナムーラミチヨ   

160-0014 東京都新宿区内藤町1番地 ケンジントンコート405
TEL&FAX 03-3358-6319
書肆まひまひ 

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